戦後の面影を色濃く残すバラックが、肩を寄せ合うように並ぶ裏路地。
その路地は細い通路が幾重にも枝分かれし、初めて足を踏み入れた者なら
必ず道に迷うと言われる迷路のような市場だった。
昼間は魚屋や八百屋の威勢のいい声が飛び交い、夕暮れになると
裸電球がぼんやりと灯り、古びた木造の軒先を橙色に染める。
どこからともなく醤油の焦げる匂いと煮物の湯気が漂い、
昭和の時間だけがゆっくりと流れているようだった。
市場の片隅には、小さな駄菓子屋がある。
色あせたガラス瓶には飴玉やラムネ菓子が並び、放課後になると
子どもたちの笑い声が絶えない。
しかし、その店の裏口へ回る者はほとんどいない。
軋む木戸の脇には、小さな鈴が一つ吊るされている。
その鈴をそっと鳴らすと、「チリン」と澄んだ音が静かな路地に響き、
やがて奥から「どうぞ」という穏やかな声が返ってくる。
そこが、「鈴の占い屋さん」だった。
占い師・鈴もまた、誰にも見せることのない心の傷を抱えている。
人には言えない喪失や、帰る場所を探し続けた日々。
その痛みがあるからこそ、行き場をなくした人の声に誰よりも静かに耳を傾けることができた。
鈴は運命を断言する占い師ではない。
傷ついた心がもう一度、自分の居場所へ帰るための小さな灯をともす人だった。

